旅先でどんな駅弁を食べたか覚えていても、どんな姿をした人が駅弁を売っていたかなどということは、普通覚えていませんよね? それもそのはず、戦後の日本の駅弁売りは、駅や駅弁屋により服装がバラバラなのです。
しかし、戦前までは鉄道当局の定めた規則により決められた服装があり、またその服装が印象的で良い風情を演出していました。
以下は、100年以上も昔の明治27年(1894年)に官営鉄道が決めた規則です。

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袢纏(はんてん)= 羽織(和服の上に着る短い服)に似た、えりを折り返さずに胸ひもをつけない上着。昔は職人や商人が多く着ていました。
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黒羅紗(くろらしゃ)= 羅紗は戦国期、南蛮渡来の最高級素材として武将に広く愛された高級感、趣のある素材です。 |
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布を一枚仕立てにぬい、平たくて丸くし、ひさしをつけた帽子です。 |
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職人がよく着るものです。背中をひもで交差させ、胸や腹を覆います。前には“どんぶり”と称するポケットにような物入れがあります。 |
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袢纏を着たときに、下半身にはくズボンのようなもの。細いズボン状の男性用衣服です。 |
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いわゆる商店の呼び名。お店の名前になります。 |

鳥打帽は、当時のハイカラを象徴するファッションでした。また袢纏は、江戸時代からの商人や職人の制服のようなもの。当時、このような粋な姿で駅弁を売る姿は、地方の若者にとっては憧れの的だったのです。 |
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※イラストはイメージです。


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日清戦争勃発(戦争ごっこ、戦争劇ブーム) |
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日本初のオフィスビル「三菱1号館」完成(丸ノ内ビル街の始まり) |
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庄内地震(M7.0) |
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